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欧 州 映 画 紀 行
                 No.214   09.07.23配信
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「ここじゃない何処か」に行ってしまいたい、あなたのための映画案内。
週末は、ビデオ鑑賞でヨーロッパに逃避旅行しませんか?
フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。

★ 人が映画に求めるものをたくさんつめて ★

作品はこちら
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タイトル:『ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア』
製作:ドイツ/1997年
原題:Knockin' on Heaven's Door
 
監督・共同脚本:トーマス・ヤーン(Thomas Jahn)
出演:ティル・シュヴァイガー(脚本も)、ヤン・ヨーゼフ・リーファース
   ティエリー・ファン・ヴェルフェーケ、モーリッツ・ブライブトロイ
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■STORY&COMMENT
脳腫瘍と骨肉腫で、それぞれ余命わずかと診断されたマーティンとルディは、
病院で同室となった。ちょっとワル風なマーティンと、ちょい文学青年風なル
ディ。ミスマッチなようで何だか意気投合した二人は、病院を抜け出して、盗
んだベンツで海を見る旅に出る。旅の資金は強盗で調達。警察に追われさらに
ベンツを取り返そうとするギャングにも追われ、最後の旅はいかに。

わりと有名な作品で、今さらな感も少々。TSUTAYAさんで名作映画100本100円と
いうキャンペーンをやっていて、その対象作品だったのがチョイスのきっかけ。
ワンコインはありがたやってことでレンタルしてきた。いつまでキャンペーン
が続くのかわからないけれど、興味のある方はお近くのTSUTAYAへ。
http://www.tsutaya.co.jp/cam/09sm/100.html?other=09smtp01

たとえるなら、夜中にたまたまテレビでやっているのを横目で見かけたら、うっ
かり最後まで観てしまって翌日寝不足になりそうな作品だ。
人が映画に求めるものがしっかり入っている。10年以上経ってもファンが多く、
レンタル店の「名作100選」にも入る由縁だろう。

求めるものって?
ユーモアと笑いとスピード感と、スリルと友情と涙。そんなところかな。
ストーリーは明快、本にたとえれば、次は、次は、とページを急ぎめくってし
まうような期待の持たせ方があって、わかりやすい笑いがあるかと思えば、底
には死が間近という悲しみが流れ、死の間際にかたく結ばれた友情が心をとか
す。絵に描いたような銃撃戦はあるけれど(死を間近にした二人をのぞけば)
死者は出ない。

特に、スピード感が私には心地よい。場面の移り変わりでは、説明的なシーン
が排除されて、トラブルにしろスムーズな逃避行にしろ、事態がトントン進ん
でいく。数日を生き急ぐ二人のスピードを観ながら体感するようだ。
二人の過去やら仕事やら、人となりをほとんど見せない脚本も、ただ今この時
を海を見るために走る二人の置かれた状況を、観客に味わわせてくれている。

ご都合主義とか、追う側がバカばかりとか、そういうことを言っちゃだめ。
天国へ続くドアのノブに手をかけた二人の、いってみれば奇跡的なファンタジー
なのだから、硬派なミステリーを観るような心構えは捨てて、設定に素直にのっ
て、運命に身を任すこと。理屈ではなくて人の根源的な感情を刺激してくれる。

■COLUMN
「将来の不安を感じるという人が8割」なんてニュースを聞くと、「え、2割
は不安じゃないの? 何で?」と思ってしまう私だが、この映画を観ていて、
先がないとわかったなら、むしろ不安は消せるのだろうか、と考えた。

でも問題は、実際に先があるかないかではないんだろうな。
ちょっと立ち止まってもう少し考えてみたら、そんな結論に至った。

雑誌「小説トリッパー」の橋本治インタビューに、「今日がどうやって明日に
つながるかについては考えず、『あんまり変わらない明日しかないよな』と思っ
たままで、『さらに、じゃあ』と十年後や二十年後を見てしまう」から、若い
人が絶望的になりやすい、という話があった。

もうそんなに若い人じゃない私だが、この指摘はしっくりくる。
「絶望」とまでは言わなくとも、しょっちゅうそんな風に、十年、二十年が経っ
た結果だけをぼんやり思い浮かべ、頼りない己の未来を見てため息をついてい
る。
「うっかり明後日くらいのことを考えそうになったら、『まだ、今日や明日の
こともやってないんだから』」と橋本氏本人は考えるようにしているそうだ。

明日は今日の次にしかこなくて、明後日は明日の次にしかこない。一年後の未
来は、突然それとして存在するのではなく、毎日を積み重ねた先にしかやって
こない。
だから、とりあえず今ここにある今日のことをしっかりやることが、不安なが
らも現実に生きていく方法なのだ。わかっているけれど、ついすっ飛ばして、
「今のまま一年経った場合」を想像して打ちひしがれる。

マーティンとルディは、未来には死しかないから(それは、どんな私たちでも
同じことなのだけれど)、当面の「今日」を一生懸命に生きるしかなくて、ひ
たすら海を目指す物騒なドライブができた。

二人と違って、おそらく十年後も生きているだろう私は、とにかくすっ飛ばし
て十年後を考えるんじゃなくて、当面の「今日」を考えれば、少しは不安のお
化けに苦しめられることもなくなるかもしれない。明日は今日の次にしかやっ
てこない。今日のことをやったら、明日を考えよう。明後日まではあまり考え
ないように。
それは無計画とは違う。一歩一歩、現実の未来を自分で作っていく作法なのだ。

■INFORMATION
★DVD
『ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア』¥3,161
(デジタルニューマスター版スペシャル・エディション)
http://bit.ly/8Uco7
短いURLにしていますが、Amazonの商品ページにつながります。

★文中に引用の雑誌
「小説 TRIPPER (トリッパー) 2009年 6/30号」¥900
http://bit.ly/ipLYH

★コメントくださった方にお返事
kaede さま
アレルギーで苦しんでらっしゃるとのこと、お見舞い申し上げます。いろいろ
なことが複合的に影響して症状につながっていくこともあるでしょう。「自分
に素直に」「自分らしく」ってことで、少しずつ良い方へ動いていくのではな
いでしょうか。そうなるよう、お祈りしております。
スサンネ・ビアの作品は、自分の深いところにある何かをえぐられるようで、
相手にするには体力・精神力が要るな、と、私は観る度に思います。

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編集・発行:あんどうちよ

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