一覧へ ←前へ →次へ 登録フォーム HOME


================================================

欧 州 映 画 紀 行
                 No.213   09.07.16配信
================================================

「ここじゃない何処か」に行ってしまいたい、あなたのための映画案内。
週末は、ビデオ鑑賞でヨーロッパに逃避旅行しませんか?
フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。

★ 定年後、苦みとユーモアと、ホントの再出発 ★

作品はこちら
------------------------------------------------------------
タイトル:『ホルテンさんのはじめての冒険』
製作:ノルウェー/2007年
原題:O' Horten 英語題:O'Horten

監督・脚本・制作:ベント・ハーメル(Bent Hamer)
出演:ボード・オーヴェ、ギタ・ナービュ、ビョルン・フローバルグ
-------------------------------------------------------------

■STORY&COMMENT
毎日、規則正しく出勤して仕事をしてつつましく暮らすオッド・ホルテンは、
ノルウェー鉄道の真面目な運転士。67歳の定年を迎えることになり、同僚が送
別会を開いてくれた。その送別会で、ちょっとリズムが狂ったことで、翌日の
最後の乗務に遅刻をしてしまう。そのまま退職を迎えたホルテンは、生活のリ
ズムを失い、どこか不安定に毎日を過ごしていく。

久々に、パッケージの雰囲気や作品説明に先入観を持たされて、観る方向を間
違えてしまった。前半はなんだかもったいない観方をしてしまったなあ。
これを読む皆さんは、どうぞあらぬ方向の物語を構えて観てしまわぬよう。
宣伝上は、真面目一筋のホルテンさんが退職のその日に遅刻したことから、変
な人やおかしなことに巻き込まれていく<ほんわかコメディ>ってな紹介のし
かたなのだが、本当は、この作品はもっと苦い。

ベント・ハーメル監督は、このメルマガでも『卵の番人』『キッチン・ストー
リー』
を紹介したことがあるが、少しとぼけた、抑えめの笑いを織り込むのが
特徴的な作風。確かに、コミカルなシーンはたくさんあるけれど、その前提と
なっているホルテンの世界は、定年を迎えた男の悲哀と不安定だ。

もう仕事に行かないでもいいのに、いつまでも制服を着ることをやめられない、
サウナでうっかり寝てしまう。そこで女物の靴を拝借してくる。
年金暮らしが始まるいま、好きなヨットを売りに出さなくてはならない。馴染
みの知り合いの死を知る。老いが迫っている不安は小さくない。
定年後の彼の生活を眺めてから思えば、遅刻をしてしまうのも、最後の勤務が
近づいて不安定になった心の表れだったのかもしれない。
そして、鉄道に人生を捧げてきたのに、初めての遅刻をした朝、列車はホルテ
ンを置いてこともなげに出発していく、そのことに、ひょっとしたら彼はショッ
クを受けたのかもしれない。

急に職を離れて、安定を欠いた男の様子が、ゆっくりしんしんと迫ってくる。
ときにユーモアを混ぜながら、ときに苦みを散らしながら。
これは、ひとしきりもがき、少しばかりずれた日常を過ごしながら、新しい生
活を見出していく、初老の男の物語だ。

同年代の貴兄はもちろん、いま何かがどうもうまく行っていない人、生活のリ
ズムがつかめない人、何かにつけてもう遅すぎると感じている人。そんな人々
の背中を“ポンと”じゃなく“じわじわ”押してくれる作品だと思う。

■COLUMN
主人公オッド・ホルテンは、定年後という新しい生活に慣れずに、不思議な行
動をとったり、身の置き所がなくなったりしている。40年間、自分というもの
を疑いなく歩んできた人が「自分」の存在に困っている。
自己が送っている新生活への、一種のアレルギー反応みたいなものだろうか。

ところで私は、今年に入ってから、じんましんに悩まされている。1か月以上続
くじんましんは「慢性」と呼ばれるそうで、何が原因なのかは、たいていわか
らず、ストレスのせいにされて「気長につき合っていきましょうね」となる。
毎日アレルギー止めの薬をのんでいれば、少しかゆいところが体の何か所かに
出るだけで、かゆくて眠れないことも、集中力を保てないこともなく、日常生
活には特に問題ない。

そんなに困っているわけじゃないけれど、眠れなくなっちゃった夜なんかには、
ふつふつ考える。

アレルギーというのは「自己」と「非自己」を認識するシステムが狂った状態
で、異物が入ってきたときに「非自己侵入! 非自己侵入!」と体が大騒ぎす
ることだ。
体が特定の「非自己」に対して暴走するならば、その「非自己」を避けるか、
その暴走を食い止めるか、するのが、二大「アレルギー症状の防ぎ方」だ。
私のじんましんの場合、何が体の暴走なのかわからないので、暴走を食い止め
る薬をのむことでずっとお茶を濁している。
ふと考えてみたら、花粉症の薬をのんでいた期間もあり、今年、都合5ヶ月間く
らいは、アレルギーの薬をのんでいることになる(花粉症とじんましんは薬が
同じ)。それって、あるべき私なんだろうか。

メロンを食べると口がひりひりするので、なるべく食べないようにしているけ
れど、このあいだ食べたら何ともなかった、のは、安いメロンもどきだったか
らか、薬をのんでるからか。メロンを食べても平気なのは、それは本当に「私」
なんだろうか。
体の暴走をやわらげて、本来あるような体の状態をつくることが「あるべき私」
なのか、それとも暴走状態も「自己」の可能性のひとつとして認めてあげるの
が「あるべき私」なのか、考えているとどんどんわからなくなる。

もしも私の体がところどころかゆくなる原因が「ストレス」だとすれば、私の
生活の中に、体が暴走するようなどうしても耐えられない「非自己」があるっ
てことだから、それを取り除こうという選択肢もあるだろう。
なのに、花粉症のときも、マスクをするだの、衣類についているのをはたくだ
の、そういう「原因物質を取り除く」(めんどくさい)対処法は一切やらず、
全面的に薬で解決してきた私だ。
そろそろ、ちょっと違うアレルギーの対処法を探してもいいかな。
ホルテンのように、右往左往して、ちょっと取り乱して、ちょっと調子を狂わ
せてでも、別の「私のありかた」を探ってみようかと思う。

■INFORMATION
★DVD
『ホルテンさんのはじめての冒険』3,465円
http://bit.ly/1ayPuD
短いURLにしていますが、Amazonの商品ページにリンクしています。

★コメントくださった方にお返事
☆しばっち さま

ありがとうございます! 今後も興味深く思ってくださるよう、いろいろ考え
て書いていきますね。

☆渋木 さま

こちらこそありがとうございます。楽しく見ていただけることが、本当に励み
になります!

コメントへのお返事は、原則として次配信で、このような形になります。
メールでの返事をご希望の方はアドレスと「返事はメールで」の一言を。

★今日のメルマガ、気に入ったらクリックをお願いします。(コメントもぜひ!)
http://clap.mag2.com/caemaeboup?S213

---------------

感想、質問、リクエストなど、なんでもお待ちしております。筆者にメール

編集・発行:あんどうちよ

リンクは自由ですが、転載には許可が必要です。
一部分を引用する場合には、連絡の必要はありませんが、
引用元を明記してください。

Copyright(C)2004-2009 Chiyo ANDO

----------------


一覧へ ←前へ →次へ 登録フォーム

HOME