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欧 州 映 画 紀 行
                 No.216   09.08.13配信
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「ここじゃない何処か」に行ってしまいたい、あなたのための映画案内。
週末は、ビデオ鑑賞でヨーロッパに逃避旅行しませんか?
フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。

★ 深い森で何かに化かされたら ★

作品はこちら
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タイトル:『森の生活』
製作:リトアニア・ドイツ/2006年
原題:You Am I 

監督・脚本:クリスティヨナス・ヴィルジューナス(Kristijonas Vildziunas)
出演:アンドリウス・ビアロブジェスキ、ユルガ・ユタイテ、
   ミコラス・ヴィルジューナス、レナータ・ヴェベリーテ・ロマン
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■STORY&COMMENT
建築家のバロナスは、仕事が傾いて、そして恐らく人づきあいも嫌って、森に
移住してきた。リカンベント自転車に乗って、のんびりと。森では木の上に、
板を張り屋根をつけるツリーハウスを手作りして住む。
ある日、若者たちが近所の別荘へやってきた。にぎやかな声につられて、バロ
ナスはのぞきにいくと……

不思議な映画だった。ストーリーは、あるようなないような、よくわからない。
面白いかというと、「うーん」。
だけども、ずっと後を引く。何かをしていても、どこかのシーンがふっと頭を
よぎる。観たのは1週間前だけれど、なんだか頭に残ってしょうがない。

ふつうに人と関わって暮らしていくのが嫌になったらしい建築家が、リカンベ
ントで森にやってきて、森の入り口で昔の恋人らしき女と会い、森に入って生
活をはじめる。ツリーハウスがだんだんできてくる。
高い木々と木漏れ日と、バロナスの生活をつらつらと眺め、清流の音になごん
む淡々とした映画のように思う。

しかし、その淡々と描かれていたはずの現実のなかに、幻影か寓話の何かか、
と思われるものが差し込まれる。
それは、バロナスの前に現れる木を切るなと言うアフリカンや、途中、物語に
入り込む、別荘にやってきた若者たちのうちの一人が書いているという小説の
内容だ。

そうした寓話的な何か、隠喩的な何かを、つかめるかな、と思うとするっと遠
くへ行ってしまう、何かつかめるかと思って拳を握れば空を切る。要するに、
そこに示される意味をわかるかと思って考えようとすると、何かにたどりつく
ようで、やっぱりわからない。

深い森に迷い込んだ、何かに化かされたと思えば、そんな体験もありかもしれ
ない。話はよくわからないけれど、どこかで惹きつけられる作品だ。

ところで、私がこの映画のなかで、いちばん気になって、好きだと思ったもの
は、頻繁にあらわれる、人の真正面からのショットだ。
田舎の村を通って森へと進むバロナスの背景には、自宅の庭で写真撮影のよう
に並んでまっすぐに前を見ている家族たちがいる。
別荘の東屋を舞台に見立てて遊ぶ若者たちを、客席のど真ん中から眺めるかの
ようにまっすぐ捉える。
黙ってたたずむ人物をまっすぐに捉えれば、逆にまっすぐに見つめ返されるよ
うな視線が、長くなると落ち着かない。一体何を見ているのかと、こちらもまっ
すぐ見つめ返す(思わず後ろを振り返りたくもなる)。

日常の生活で、人をそんなにまっすぐに見ることはふだんはなくて、ふつうの
映画でも、そんなまっすぐなショットが多く見られることはない。映像が心に
働きかける力を改めて思った。

※「リカンベント」が頭にぱっと思い浮かばない方は、こちらを。
http://yana.pekori.jp/cycle/bent/whatis-bent01.html

※「ツリーハウス」にピンと来ない方は、こちらを。
Wikipedia: http://bit.ly/2GeF3

■COLUMN
リトアニアの映画である。映画は年に数本しか製作されず、この作品が日本へ
のはじめての紹介になるそうだ。とあれば、欧州映画紀行としては、観てみな
きゃなるまい。

と、あまり深く考えずに取り上げることに決めたけれど、なんだかやっかいな
ものを観ちゃったな。
まあ、年に数本しか製作されないというなら、それが<アート系>になるのも
必然。予想できたはずのことだ。ここに出ている俳優は、じゃあふだんは何を
しているんだろう。舞台に立っているんだろうか、映画がない国はあっても演
劇のない国はきっとないから。なんて思ったけれど、答えはわからない。
「リトアニアナビ」( http://litabi.com/ )というホームページに行ってみ
たけれど、映画やテレビや演劇の情報は載っていなかった。

はじめてのリトアニア映画、ということで「リトアニア」の習俗や景色を、つ
い期待するが、森にツリーハウスを作る男が主人公、リトアニアの一般的習俗
を見ようというのは間違い。そして、森に縁の深い人ならば、森の特徴にも細
かく目を配れるのだろうが、「都市」のささいな違いに気づく感受性はあって
も、「森」の独自性に反応する感受性を、私は持っていない。
ともかく、きっと国境を越えても続くであろうこの森に、国境を引いて「どこ
の国」なんて言うことがばかばかしくもなってくる。

それでも、若者の集う別荘の造りや、はじめて聞くリトアニア語の響きに、見
知らぬ異国を感じる楽しみがある。リトアニア語は、ロシア語やクストリッツァ
の映画でおなじみのセルビア語などに、響きは似ている。知らない言語を、同
じくよく知らない言語の「響きに似ている」なんて感じる判断基準はどこにあ
るんだろう、なんて思考をぷかぷか浮かせてみる。
バルト三国、エストニア、ラトビア、リトアニア、並びは50音順、と意味のな
い暗記だけしか頭に残っていなかった私を、ちょっとリトアニアに近づけてく
れた作品だったと思う。

統計をとった訳ではないけれど、日本はおそらく、ずいぶんといろいろな国の
映画に触れる環境のととのった国だと思う。気楽に外国のいぶきを感じられる
環境に感謝して、出不精者は、今日も画面に映る異国の風景に、思考を飛ばし
てみる。


■INFORMATION
☆DVD
『森の生活』¥3,990円

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