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欧 州 映 画 紀 行
                 No.219   09.10.08配信
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すっかり間があいてしまいました。ごめんなさい。
一応週刊を目指しているのですが、急に時間がなくなると、
このようにパッタリ配信が滞ることも。
blog版http://mille-feuilles.seesaa.net/ では、
お休みのお知らせをしたり、身辺雑記を書くこともあります。
twitterもやってます。 http://twitter.com/chiyo_a

今後も週刊の「つもり」で書いていきますので、どうぞよろしくお願いします。

★ もう、これが群像劇の決定版てことで ★

作品はこちら
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タイトル:『PARIS-パリ-』
製作:フランス/2008年
原題:Paris 

監督・脚本:セドリック・クラピッシュ(Cédric Klapisch)
出演:ジュリエット・ビノシュ、ロマン・デュリス、ファブリス・ルキーニ、
   アルベール・デュポンテル、フランソワ・クリュゼ
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■STORY&COMMENT
心臓病で余命わずかと診断されたダンサーのピエール。彼を案じて同居する姉
エリーズは子どもを3人抱えるシングルマザー、もう自分に恋なんかできない
と思っている。歴史学者のロランは、自分の講義を受ける美しい学生レティシ
アに一目惚れしてストーカーまがいのアプローチをしてしまう。
その他、商店の人、通りすがりの人、同僚、などなど。濃かったり薄かったり、
いろんな関わりをする人々の群像劇。

いろんな人にスポットが当たって、エピソードも数々あるから、自分に近い立
場、キャラクターの人、自分が好感を持てる人、など、感情移入する人を選べ
るし、ちょっと引いた位置から、おかしくて哀しくて愛しい人間の所作を眺め
るのもいい。

たくさんの人にスポットがあたるけれど、「主役」と呼んで差し支えないのが、
上記ストーリー説明で出した3人だ。いずれも現状に自己不全感を持ちながら、
何もできなかったり、知らず知らずのうちに諦めたりしている。みんなにとっ
ての「私たち」だ。

私が特に好きなのは、ファブリス・ルキーニが演ずる大学の歴史の先生ロラン。
彼が「パリという都市」の歴史を方々で講義するシーンがあって、このキャラ
クターがタイトルの『PARIS』の骨組みをつくる役割も担っている。
教養番組に出演するほど、仕事では順調に見えるロランだが、テレビ出演自体
が俗っぽいかと怯え、私生活は独身で孤独、家族の中で自分だけが失敗者だと
思いこむ。
そんなロランが講義中に教室にいた女学生に一目惚れ。盗み聞きした電話番号
に匿名でショートメッセージを送るのを日課にしてしまう。彼女からすれば気
持ちが悪い。話だけ聞いたら私もきっと嫌悪感を催すだろう。けれど、彼の側
から観れば、それにはある程度の必然がある。しょうがない、がんばれ、と、
観客たる私は思う。
こういう物語は、ふつうなら理解できないような、幾人もの他人の事情や気持
ちに気を向けることができるから楽しい。

孤独で人づきあいの悪いロランが、実はダンスがすごく上手いというシーンが
あるのだけれど、これによく似たシーンが前に取り上げた『親密すぎるうちあ
け話』
にもあった。ファブリス・ルキーニが、ダンスを披露するのが好きなん
だろうな。

話がそれた。ダンスといえば、ダンスパーティでは、無理無理、踊れない、と
引っ込み思案のエリーズが、好きな人の前で、すごくノリよくチャーミングに
踊るシーンも印象的だった。
何が印象的って、「できないできない」って言いつつ、「私なんか私なんか」っ
て言いつつ、実は、楽しい人、歌や踊りだってやってみたら上手、魅力的、なー
んてこと、現実世界でもよくあるな、と思って。私だってそんな「実は」なと
こ、あるかも、しれない……、んー、あるかな、何とは聞かないでね。

他人の事情を垣間見て、数々の他人がかわいい存在になる作品。
人を好きになりたい秋の夜に、おすすめですよ。

■COLUMN
私がなんかそんな気がする、と思うだけなので、勘違いかもしれないのだけれ
ど、ある時期、4、5年前から、複数の人にスポットをあてて、複数の主役が
いる、その登場人物は、家族同士のこともあれば単なる知り合いのこともあり、
知り合いですらなかったり、でも当人の知らないところでつながっていたり、
という「群像劇」と呼ばれるタイプの物語が増えてきたように思う。(「群像
劇」の定義はそれだけではないと思うけど)

私が思うに、それらは、2001年の9.11以降、より正確にいうと9.11をきっかけ
にアメリカがとった行動に対する反発のなかで、他者に対する「寛容」や文化
や歴史の違う人々の「存在」そういう人々との「つながり」に敏感になること
を大切だと考えた人が、群像劇を採用したからのことじゃないだろうか。
2001年から、さまざまな事件を経て、みんながいろいろ思考して、物語を作り
企画し、完成した作品として世に出てくるのが2004年、2005年くらい。で、少
し遅れて作品が日本に入ってくると。
役所広司や菊地凛子が出演して日本も舞台となった『バベル』なども、そんな
時代の雰囲気をよく表した作品じゃないかな。知らないところでグローバルに
人はつながっているんだよ、と。

その性質上、群像劇は、特定のすごいヒーローやヒロインを登場させるわけで
はなく、ふつうの人の内面を描き出すことになる。そんなタイプの物語が私は
もともと好きなんだけれど、ここのところあまりにも多いので、ちょっと食傷
気味でもあった。
群像劇の観てて楽しいところは、感情移入をさまざまにできるという点にもあ
るが、それより大きいのは、そこに登場する誰のことも、観客がいちばんよく
知っている、というところにあると思う。当人の微妙な感情もよく理解でき、
他の登場人物が、その事情や感情を知らないが故のすれ違いもわかり、そうなっ
たいきさつもすべて、その物語世界で起こったことは、観客だけが仔細に把握
できる。
その全能感が爽快なのだけれど、あんまりそういう作品が多くなると、全能感
は陳腐に感じられるのだ。

このクラピッシュ監督は、それ以前から、なんでもない普通の人たちを複数な
らべた群像劇を得意とする人で、『百貨店大百科』では「皆が主役」が映画の
テーマそのものでもあったし、同じく群像劇を得意とする映画作家アニエス・
ジャウイ+ジャン=ピエール・バクリと組んだ『家族の気分』も、ある親族に
スポットをあて、一人に固定せずに、登場人物それぞれの内面を仔細に描いた
作品だ。

そんなクラピッシュが、ずっと好きで舞台にしてきた「パリ」の名を冠して作っ
たこの作品、都会のちょっと孤独な人々の群像劇の決定版として、食傷気味だっ
た一連の群像劇ブームに一度終止符を打つってことでいいんじゃないのかな、
と思う。
それくらい、群像劇タイプのお手本であり、複数の人を描いても全然散漫にな
らない物語も魅力的だ。

ていっても、人の想像力なんて、誰かの創造力が簡単に超えてくれて「このあ
いだあんなこと言って、すいませんでした!」て作品が、きっとまだまだ出て
くるんだ。それを楽しみに待ってます。

■INFORMATION
★DVD
『PARIS-パリ- (通常版)』 定価:3990円

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編集・発行:あんどうちよ

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