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欧 州 映 画 紀 行
                 No.218   09.09.03配信
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「ここじゃない何処か」に行ってしまいたい、あなたのための映画案内。
週末は、ビデオ鑑賞でヨーロッパに逃避旅行しませんか?
フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。

★ 私たちはみな、外とつながるドアとともにいる ★

作品はこちら
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タイトル:『愛おしき隣人』
製作:スウェーデン・ドイツ・フランス・デンマーク・ノルウェー/2007年
原題:Du levande 英語題:You, the Living

監督・脚本:ロイ・アンダーソン(Roy Andersson)
出演:ジェシカ・ルンドベリ、エリック・ベックマン、
   エリザベート・ヘランダー、ビヨルン・エングルンド
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■STORY&COMMENT
ストーリー……、といえるものはない。ある街の住人たちを映す短いスケッチ
の集合だ。
たとえば、夫とケンカしてちっとも仕事にならない学校の先生、誰も私を理解
してくれないとクダを巻く女、いかに虚しい仕事かを語る精神科医、ロックミュー
ジシャンを追っかけ恋する女の子、などなど。

以前に、同じ監督のデビュー作『スウェーディッシュ・ラブストーリー』の回
で私は、若い恋人たちの背景に、うまくいかない人生をひきずりながら、呪い
嘆いている多くの大人たちのことを書いた。
言ってみればそういう人たちが何人も何組も出てくるのが、この作品だ。違う
のは、『スウェーディッシュ…』のときには、そんな人たちが本当に悲しく見
えたけれど、この作品ではもっとユーモラスにかわいく映されることだ。

一つひとつのスケッチ、エピソードは、面白いなと思うもの、共感できるもの、
人それぞれ生まれてくるだろう。もちろんその土台はあるものとして、この作
品の肝は、そのスケッチを映し出す「画」にある。

いくつかの例外を除いて、ある部屋の人、風景が、固定されたカメラで長ーく
捉えられる。フレームに映し出されたシーンは絵画的。私は、エドワード・ホッ
パーの絵を思いだすところがいくつかあった。(短絡的かも?)
長く同じカットが続くから、それを眺めていると、そこで話し動く人だけでな
くて、奥にある無造作に積み上げられた物や、周りの装飾品、後ろにいる人に
も目がいく。単純にインテリアとして興味深かったり、小道具としての存在感
が心をかき立てられたり、ずいぶん凝って作っているなあ、と、気に入った画
は何度も何度も、いろんな<部分>を注目して観たくなる。

この一連の画のなかで、私が気に入っているのは、画面の奥の方にや、横っちょ
にある、「ドア」だ。
ドアじゃない場合もある。単なる通り道だったり、隣の部屋だったり、階段だっ
たり、ということもある。その向こうに人がいて声をかけてくる場合もあるし、
単に、その登場人物がいる空間とは別の空間として見えているだけの場合もあ
る。
そんなわけでいろんな場合があるけれど、私には、疲れてうまくいかない人生
の傍らには、別の世界と関わる可能性があることの象徴に見えたのだ。

その人の世界には、誰かが入ってくる、誰かの声が届く。その可能性がある。
観客たる私も、誰かの人生にコミットできるかもしれない。他の空間に出かけ
ていくこともできる。いかにやりきれない人生も、そこに、こもりっきりには
ならない。別の空間から風が吹き、別の流れが生まれる。そこから出かけて、
別の流れを作り出すこともできる。

奥の方に見えるドアや別の空間や、他人たちは、みんなが一人ぽっちじゃなく
生きていることを伝えている。
だから、ちょっとだけ不穏なものが示されるラストシーンのようなことになら
ないで、と、私は願ってる。

■COLUMN
映画の中でくり返し登場する場所にカウンターバーがある。入り口の方から映
した画、奥の方から入り口を見る角度、そのシーンによって映す角度が異なっ
て、バーの全体像がわかってくる趣向も楽しい。

バーのシーンは、いつもラストオーダーの時間帯だ。「ラストオーダーだよ」
とバーテンダーが鐘を鳴らすと、皆、最後の一杯を注文しにカウンターに集まっ
てくる。夜な夜な日常の憂さを晴らす者たちの、最後の小さなあがきのようで
微笑ましい描写だ。

「ラストオーダーを告げられる」。
地方で高校生をやっていた頃なんかには、それほど夜遊びもできず、そんなシ
チュエーションに憧れたものだったけれど、大人になって相当経った今、私は、
ラストオーダーに、「寂しい」とまではいかない、「きゅんっ」とくすぐった
い気分を覚える。

いっぱいおしゃべりしたけれど、まだ、何か肝心なことを言っていない気がす
る、けれどもうラスト・オーダーか。きゅんっ。
まだもうちょっと飲めそうなんだけど。そうかラストオーダーだし、もう帰ろっ
か。まだ飲めそうなくらいがちょうどいいよ(笑)。きゅんっ。
次の店行こうか、ねえねえ、みんなまだ飲んでいける? 明日早いの? きゅ
んっ。

肝心なことは、次に会ったらきっと思いだすよ、まだ飲めそうでも、健康な体
で日常に帰還しようね。
寂しいと言い切るほどではないけれど、確かに名残惜しく、
もっともっとと駄々をこねるほどではないけれど、別れのあいさつを切り出す
間が一瞬遅れる。
くすぐったい胸の内をのみこんで、帰路の人となり、そして、性懲りもなく次
に告げられるラストオーダーでも、やっぱりちょっとくすぐったいのだろう。

バーテンダーはラストオーダーを告げるとともに言う。
「また明日があるよ」。
そうだね、また明日がある。明日も人生はつづく。うんざりするほどの日常と、
ちょっとの驚きや楽しみものせて、明日もラストのオーダーをできるだろう。
くすぐったい「きゅんっ」も愛おしく、人生は明日もつづく。

■INFORMATION
☆DVD
『愛おしき隣人』 定価:4,935円

☆Twitterやっています
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☆コメントくださった方にお返事
melk さま
おっ、色鉛筆ファン仲間ですね!
購入はふみとどまっても、まだわくわくできるのが、色鉛筆のいいところ、で
すよねっ。(と自分に言い聞かせています)

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編集・発行:あんどうちよ

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