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欧 州 映 画 紀 行
                No.167   08.03.13配信
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「ここじゃない何処か」に行ってしまいたい、あなたのための映画案内。
週末は、ビデオ鑑賞でヨーロッパに逃避旅行しませんか?
フランス映画を中心に、おすすめの欧州映画をご紹介いたします。

★ 言葉に置き換えられない何かを伝えることができるなら ★

作品はこちら
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タイトル:『二十歳の死』
製作:フランス/1991年
原題:La vie des morts 英語題:不明

監督・脚本:アルノー・デプレシャン(Arnaud Desplechin)
出演:ティボール・ド・モンタレンベール、レシュ・レボヴィッチ、
   マリアンヌ・ドニクール、エマニュエル・ドゥヴォス
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■STORY&COMMENT
20歳のパトリックが自殺未遂をはかり昏睡状態となった。親族がぞくぞくと集
まって、原因を言い合ったり、助かるのか、助からないのか、推測し合ったり。
「パトリック」は皆の話のなかに出てくるのみ。近しい者が生き死にの瀬戸際
にいるときの、不安、受け止められなさ、退屈、面倒さ、などなどを静かに映
し出す。
『そして僕は恋をする』『キングス&クイーン』などで知られるアルノー・デ
プレシャンが世に出るきっかけとなった52分の中編作品。

不思議に魅力を持った作品。パトリックのいとこたちなど、たくさんの若者が
やってきて、誰が誰だかわからなくなるけれど、そのわたわた感が、まったく
気にならない。
葬儀で人が集まると、知っている人やら知らない人やらいろんな人がわたわた
と集まり、内容があるのかないのかわからない話を皆、何かに強制されるよう
に話すものだ。神妙にした方がいいのか、冗談を言って笑ってもいいのか、落
ち着くところに落ち着けない独特の雰囲気が、画面からとてもよく伝わる。
しかも、この場合、中心人物は危篤状態で、まだ死んでいない。その宙ぶらり
んな居心地の悪さが、義理だけで来ている人、少しだけより近しい存在の人、
それぞれに、それぞれのイラつきをもたらす。

前に『キングス&クイーン』についてこのメルマガで書いたとき、私は、ストー
リーを説明しようと腐心した末に、やっぱり無理だろうと独りごちながら最後
に、「この何と説明のつかない感覚」がやっかいな魅力だと一応の結論をつけ
ている。(自分ではすっかり忘れてるから、今確認してみた)
(http://oushueiga.net/back/film118.html)

この作品は、発展的に状況が変わっていくという意味でのストーリーはさらに、
説明しづらいを通り越してほとんどなく、どうにも言葉に置き換えられない感
覚だけで構成されている。その感覚の表出のさせ方が、本当に繊細で、やはり
「何と説明のつかない感覚」が大きな魅力だ。

何と名状することなく、誰がどうしたとはっきり描写する必要なく、映像で見
せて伝える「映画」だからできる表現だと思う。
言葉がすべてを凌駕する、言葉がきっと全能だ、そう思いたい派の私は、こう
いう作品を観ると、言葉以外を操る人たちに嫉妬する。
52分という短い時間も手伝って、「もう一度観たら、また新しい雰囲気や隠れ
た感情を見つけられるかもしれない」と、つい何度も再生してしまう。軽い麻
薬のようになる一作だった。

■COLUMN
どんな季節の話なのか、はっきりとは語られないけれど、庭の木が葉をつけて
いないところや、コートをまとう人々の服装からして、冬だろう。特別厳しい
寒さという雰囲気がないところを見ると、初冬の、じわじわと寒くなってくる
頃のようなイメージだ。

適度に透明感のある、薄曇りの湿った空気が、死に瀕する人がいる不安定な雰
囲気に妙にぴったり合う。
落ち着かない感じ、形のない何かにイラつく感じが、曇り空にも、うすら寒い
空気にも共鳴する。

これが日本を舞台としたなら、どんな季節がぴったりくるだろう。もちろん人
の生き死にに季節は関係ないのだけれど、誰かの死に直面した、生きている人
々のイライラのイメージに合う空気感のある季節と言ったら。
私の感覚では、夏のじとっとした湿り気だ。盛夏じゃない。初夏のさわやかさ
ではもちろんない。梅雨時の、すっきりしない空気だ。じめじめして、先が見
えず、じっとしていると苛つきがつのる。動き回っても空気の重さがのっぺり
とからみつく。
じっとりした空気は、互いにそれほど行き来がなかったもの同士が、事をきっ
かけに集まってくる、その非常時の人づきあいにも似つかわしい。

夏のイメージといったらバカンスのフランスでは、この映画を夏の暑さのなか
で撮ったら、全然違うものになっただろう。「ちょっと肌寒い夏の日」でも、
やはりどこかに開放感があって、そぐわなかったに違いない。

「演出と季節」、「テーマと季節」。そんなことも、いろんな映画で比べてみ
て考えると、面白いかもなあ。

■INFORMATION
・DVD
二十歳の死
価格:¥ 5,040(定価:¥ 5,040)
http://www.amazon.co.jp/dp/B00009WL21/ref=nosim/?tag=oushueiga-22

アルノー・デプレシャン DVD-BOX
価格:¥ 14,213(定価:¥ 15,120)
http://www.amazon.co.jp/dp/B00009WL20/ref=nosim/?tag=oushueiga-22


・お休みのおしらせ
陽射しがやわらかくなってきたので、春のお散歩休暇をいただきます。
2週間休んで、次回は4月3日配信の予定です。

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編集・発行:あんどうちよ

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